とあるピアノ弾きの戯言。一番納得いかないのは、自分自身の夏バテ演奏だったりしますが、とりあえずupです。ネタ的なムービーです。お気軽にどうぞ。
ドビュッシーのエチュード1番。いずれ、流暢に、COOLに弾けるようになりたいです。自分の18番にすべく、格闘中。あいかわらずの一部演奏のみですが、次回はフル演奏をup予定です。
ず~っと前、このピアノは、G(ソ)の音がアレでした。今回はA(ラ)です。ど~も、この辺の音がアレになりがちだったりしますが、誓って、自分の演奏よりずっと高級なピアノであります。素材、素質的なものはとっても良いピアノなんです。
そこんところは、充分、納得しております。(^。^;
2010/08/19
2010/08/11
日記Movie訂正 with パックの踊り
本日2投目。若干訂正事項ありの為、修正ムービー兼ねて。ドビュッシーの「亜麻色の髪の乙女」と同じ「プレリュード集」より、「パックの踊り」の音声BGMにて。
ドビュッシーのプレリュード集には、今となっては違和感はないけれど、変な曲がたくさんあります。この曲は、「亜麻色の~」と一緒に、今年の正月頃、人前で演奏しました。気持ち新たに弾いています。暑い季節には、爽やかで涼しい曲なので弾きたくなりました。
2枠字幕に加えて、別個に字幕を加える実験をしています。合計3字幕で日記ムービー。若干寒い字幕がチラチラ出てきますが、あまり気になさらないで下さーいぃぃーぃ・・・
ドビュッシーのプレリュード集には、今となっては違和感はないけれど、変な曲がたくさんあります。この曲は、「亜麻色の~」と一緒に、今年の正月頃、人前で演奏しました。気持ち新たに弾いています。暑い季節には、爽やかで涼しい曲なので弾きたくなりました。
2枠字幕に加えて、別個に字幕を加える実験をしています。合計3字幕で日記ムービー。若干寒い字幕がチラチラ出てきますが、あまり気になさらないで下さーいぃぃーぃ・・・
2010/08/08
2010/05/18
ピアノ雑記~練習曲って何?
日記ムービー第2弾。画質を落としてテスト的にupです。練習曲って何なんだ!?小学生のころからの疑問を、ポエムチックに語りました。いや、語ってないかもしれません。(どっちなんだ)
ドビュッシーの「亜麻色の髪の乙女」ぶっつけ本番で。年末年始はずっとこれを練習していたので、なんとか様にはなりました。が、タッチや音量の調節ができず、普段弾いている電子ピアノの弊害が出ているのを感じました。クラシックは、アコースティックでもっと弾き込まないとダメですね。
ドビュッシーの「亜麻色の髪の乙女」ぶっつけ本番で。年末年始はずっとこれを練習していたので、なんとか様にはなりました。が、タッチや音量の調節ができず、普段弾いている電子ピアノの弊害が出ているのを感じました。クラシックは、アコースティックでもっと弾き込まないとダメですね。
2010/04/11
ピアノ椅子持参
とある場所にあるYAMAHAのグランドピアノを弾きに行きました。(土曜日)
今回なんと、自分の使ってる手前の横長ソファータイプの椅子(写真手前)持参です。
どうも私は、縦長の硬質タイプな椅子(写真奥)が苦手でして・・・ついに椅子を持参してしまいました。もちろん家から手で持って行ったわけではなく、車で運んで行っているわけですが(^。^;
どちらにしても、高さが調節できるピアノの椅子の世界は、ピンキリの世界でございます。
私の持っている写真の椅子は、合成革製品の安物でございます。以前は、縦長硬質タイプを持っていたのですが、長年使ってはいたものの、ちょっとボロボロになってきており、思いきって人に譲ってしまいました。
私の先生は硬質タイプがお気に入りのようです。人によって好き嫌いが分かれるところなのでしょう。私は断然!横長ソファー派です。
横ソファータイプは、なんといっても、座った時にとても精神的に落ち着きます。硬質縦長タイプは、座ったあとも、弾いている最中に動いたりキシんだりしがちで、不安を誘うことが多いのです。
また、縦長タイプは人ひとり分のスペースしかなく、横は崖っぷち。横長ソファータイプは、横に余裕があり、半ケツ(半分お尻)状態ならば2人で座ることも可能です。
そういう意味でも、横長ソファータイプは精神的に落ち着きます。
なんといっても、ある程度長時間座っていても、お尻が痛くなりません!(^。^;
また、横に長いと、椅子の安定感がぐっと高くなるようで、激しい曲を弾いていても、椅子がズレたり、キシんだりすることはありませんから、自分をすべて椅子に預けて自由に手を動かせるような感覚で弾くことができます。
この日はDebussyの「5本の指のためのエチュード」を弾きました。
とてもユーモラスで素敵な曲です。ドビュッシーのエチュード集(全12曲)はクラシックとはいえ、音的にはとても今風なイージーリスニングや、Jazzyなサウンドが多く、クラッシックファンでなくても、CDなどで聴いてみることをお勧めいたします。練習曲風の形を借りた素敵音楽、という感じです。
ちょっとマニアックな音楽ですが・・・「え?これが練習曲なの?」的なサプライズ音楽としては、是非お勧めしたい逸品です。
さて・・・もし、出かけ先で、縦長椅子しかなかったら、今後は出来る限り、椅子持参で弾きに行きたいと思います。(笑)
ピアノを持参できないのは、どうにもならないピアニストの宿命ではありますが、椅子なら持参できる!ということに気づいたのでした。
ピアノの演奏は、なぜだか椅子によって変わってしまうことが多いのですよね・・・なぜでしょう?
ひとえに「安心感」が違うのです。高級な椅子であればある程、座り心地が良くなって、座ってるだけでもホッコリしてきます。全身の血流まで良くなってくるような感じがします。
まるで、タオルケットにくるまれている感じがするんです!
最後に、ピアノトオトさんのブログ「ピアノと音的生活」にある、「ピアノ椅子レポート」がとてもお気に入りなので、右側のリンク欄へ、フィードリンクさせて頂きました。いつも楽しく拝見させて頂いております!(フィードは最新投稿記事5件まで表示されます)
ピアノの椅子の写真と記事がてんこもり!椅子にヒトモンチャクある方は、是非ご一読を。
今回なんと、自分の使ってる手前の横長ソファータイプの椅子(写真手前)持参です。
どうも私は、縦長の硬質タイプな椅子(写真奥)が苦手でして・・・ついに椅子を持参してしまいました。もちろん家から手で持って行ったわけではなく、車で運んで行っているわけですが(^。^;
どちらにしても、高さが調節できるピアノの椅子の世界は、ピンキリの世界でございます。
私の持っている写真の椅子は、合成革製品の安物でございます。以前は、縦長硬質タイプを持っていたのですが、長年使ってはいたものの、ちょっとボロボロになってきており、思いきって人に譲ってしまいました。
私の先生は硬質タイプがお気に入りのようです。人によって好き嫌いが分かれるところなのでしょう。私は断然!横長ソファー派です。
横ソファータイプは、なんといっても、座った時にとても精神的に落ち着きます。硬質縦長タイプは、座ったあとも、弾いている最中に動いたりキシんだりしがちで、不安を誘うことが多いのです。
また、縦長タイプは人ひとり分のスペースしかなく、横は崖っぷち。横長ソファータイプは、横に余裕があり、半ケツ(半分お尻)状態ならば2人で座ることも可能です。
そういう意味でも、横長ソファータイプは精神的に落ち着きます。
なんといっても、ある程度長時間座っていても、お尻が痛くなりません!(^。^;
また、横に長いと、椅子の安定感がぐっと高くなるようで、激しい曲を弾いていても、椅子がズレたり、キシんだりすることはありませんから、自分をすべて椅子に預けて自由に手を動かせるような感覚で弾くことができます。
この日はDebussyの「5本の指のためのエチュード」を弾きました。
とてもユーモラスで素敵な曲です。ドビュッシーのエチュード集(全12曲)はクラシックとはいえ、音的にはとても今風なイージーリスニングや、Jazzyなサウンドが多く、クラッシックファンでなくても、CDなどで聴いてみることをお勧めいたします。練習曲風の形を借りた素敵音楽、という感じです。
ちょっとマニアックな音楽ですが・・・「え?これが練習曲なの?」的なサプライズ音楽としては、是非お勧めしたい逸品です。
さて・・・もし、出かけ先で、縦長椅子しかなかったら、今後は出来る限り、椅子持参で弾きに行きたいと思います。(笑)
ピアノを持参できないのは、どうにもならないピアニストの宿命ではありますが、椅子なら持参できる!ということに気づいたのでした。
ピアノの演奏は、なぜだか椅子によって変わってしまうことが多いのですよね・・・なぜでしょう?
ひとえに「安心感」が違うのです。高級な椅子であればある程、座り心地が良くなって、座ってるだけでもホッコリしてきます。全身の血流まで良くなってくるような感じがします。
まるで、タオルケットにくるまれている感じがするんです!
最後に、ピアノトオトさんのブログ「ピアノと音的生活」にある、「ピアノ椅子レポート」がとてもお気に入りなので、右側のリンク欄へ、フィードリンクさせて頂きました。いつも楽しく拝見させて頂いております!(フィードは最新投稿記事5件まで表示されます)
ピアノの椅子の写真と記事がてんこもり!椅子にヒトモンチャクある方は、是非ご一読を。
2010/02/06
エチュード弾く気になったワケ
小さい頃ピアノを弾き始めてから20年以上も経ってしまって、途中ブランクを経つつも、ここ数年で、やっと重い腰を上げて
「エチュード(練習曲)弾いてみるか」
という気持ちになりました。
小さい頃は、とにかくまともに、与えられた練習曲を弾こうという気にならず、好きな曲だけ弾いていました。
その結果、当然のごとくピアノの腕は未熟のまま、9歳ごろにはピアノのレッスン的には最悪の時期で、先生から「辞めたら?」といわれる始末。
でも何を思ったか私は泣きながら「辞めません」と告げました。今でも色濃く覚えている、ピアノ的に暗黒時代の自分史です・・・・。
先生の前で泣くって、9歳の私でもけっこう恥ずかしかったんですが、ピアノ自体は嫌いじゃないのに、なんで辞めないといけないのか、単純に混乱してワケ分からなかったんです。
そして先生を変えました。
だから、”ピアノのレッスン”といえば当然のごとくみんなが口にする練習曲、バイエルとかツェルニーとかハノンなんか、まともに練習しませんでした。よく怒られたもんです。(^。^;
しかし小さい頃から、かなり気が長~~い性格だったのか、逆ギレなんて一度もしないで、厚かましくもレッスンに通い続けてました。
そのおかげ?か否か、先生の方が先に折れてくれて(ゴメンネ先生)なんやかんやで、嫌いな練習曲はレッスンで取り上げなくしてくれたのです。
私をピアノ技術的に救ってくれたのは、クラシックの王道、古典のバッハとヘンデル先生の曲でした。
ハノン嫌い、ツェルニ嫌い、バイエルなんてやったことない、ソナチネも嫌い、そんな私は、なぜかバッハとかヘンデルとかはやる気になったのです。
とくに、ピアノ技術的に私を、「練習のとりこ」にした曲は、バッハのインベンション1番、という曲でした。
右手も左手も同時にメロディー弾く、ってのに新鮮味を覚えたのです。
私の周りのピアノ弾きたちは、みんなバッハが嫌いだったみたいで、むしろツェルニーが好きだったみたいでしたが、私はバッハの方が断然好きな子供でした。
それが、のちに、大好きなドビュッシーの曲を与えられるようになるきっかけとなり、いわゆる遊びじゃなく、”ピアノの練習の王道”を歩み始めたのは、13歳になってから。
古典のバッハの曲で、本当の練習に目覚めたのは11才頃。すると、4歳から遊びでやって、7~9年後にやっと普通の王道を歩み始めたのです。
ピアノ始めてても3~5年くらいはウダウダしてたことになります。
それもそのはず。そのころはもっぱら、Popsやアニメやゲームの曲にばかり関心があったんです。子供だから当たり前っちゃー当たり前か。
11歳の転機、13歳で目覚めるまで、ピアノなんて、単なる生活の中でのちょっと苦痛を伴った習慣にすぎませんでした。
不思議と辞めようとは思っていなかったのは、今思うと、一晩寝れば嫌なことはたいてい忘れてしまう、おめでたい性格だったからかもしれません。
それと、黙って月謝を払ってくれた両親のおかげとしかいい様がありません。
13歳からの練習の中心は、ほとんどがドビュッシーの曲でした。当時のクラシック的な練習としては、
・音階と和声~スケールとアルペジオ、カデンツ(和声進行)
・バッハ(古典)
・ドビュッシー&ラヴェル(近現代音楽)
この3点セットがメインメニューでした。
中学生時代、合唱祭などではいつも伴奏者で、歌謡曲の楽譜をgetしてなんとなく遊びで弾いたりはしていましたが、クラシックピアノの面白さに一番ハマっていたのはこの時期。
高校生時代も相変わらずドビュッシー、バッハ、さらに進んでラヴェルの曲を弾いてましたが、17歳の手前くらいに先生が出産するため一時先生を変えなければならず、それがきっかけにもなり、17歳で長い長いレッスン通い生活が終わりました。
10代最後、ピアノの発表会で、人前で弾いた曲は、モーリス・ラヴェルの「水の戯れ」。今の自分でも難しくて、よくもまぁ当時練習したもんだ、と思います。
17歳からしばらくはピアノから遠ざかってしまいました。高校生時代はブラスバンド部で、トランペットを吹いていたのです。高校時代は映画音楽が大好きで、一度はバンド内で吹いてみたかったんですね~。
そしてなんやかんや言って時間が経ち、すっかり大人になってしまったあと、ちょっとした出会いがあり、偶然にもピアノサークルに参加したりしてまたピアノ生活を始めたのです。
そして愕然!手が動かない~。昔弾けてた曲が弾けない~。
中学生ころの自分に逆戻り。
そして偶然の出会いもあり、とある個人の先生へ、不定期にレッスンを申し込むことにしたのです。ピアノを再び、王道的に習おうと決心したのです。
遊びで弾くことはいくらでもできます。
でも、最近になって、やっっっっっっっと、クラシックピアノの最高峰!?ピアノ界のチョモランマ的存在の、「ショパンのエチュード」が弾きたい!と思えるようになりました。
とはいえ、最初は、「私には無理」と思ってました。
でもいま付いている先生から「完成させようとしなくてもいいから、弾いてみれば~?」と軽~く言われて、弾くことにしたら、意外に、これが、イケたのです。
下手ですよ・・・・でも、イケる!という手ごたえを感じました。
難しいですよ・・・・でも、弾きたい!という情熱がやっと生まれました。
何事も、技術を向上させようとしたら、それなりにやらないと無理なのですね。明らかに、エチュードをやるようになってから、素人の自分でも
「なんか技術が上がったきがする。前は弾きにくかったものが、弾きやすくなったような気がする」
という確かな感触を得ました。これがさらに、「エチュード弾く気になった」気持ちに拍車をかけることになりました。一種のスポーツマンシップにも似て。
現在は、ドビュッシーのエチュード1番(5本の指のための練習曲)と並行して、ショパンのエチュード(特に「蝶々」って曲)を何曲かチョイスして弾いていますが、こうなると、エチュード三昧の生活ですね。
昔のエチュード大嫌いな自分からは想像もできないありさまです。
自分だけの勝手な判断で「無理」と避けていると、出来ることだってできずじまいなんですね。
また自分以外の人から、「やってみればいいじゃん!」と軽~く言われると、けっこうその気になっちゃう自分の軽さ(笑)もあっての、今のエチュード生活なのかもしれません。
どんな世界でも、小さなことでも、とりあえずやってみたら、意外にイケる!
っつーことですな。それがここ数年の最近の私の場合は、
登山 と ショパンとドビュッシーのエチュード
でございます。ですから、このブログの名前も略して”山p”です。さぁ、今日もガンガン弾いてやるぜ!!
「エチュード(練習曲)弾いてみるか」
という気持ちになりました。
小さい頃は、とにかくまともに、与えられた練習曲を弾こうという気にならず、好きな曲だけ弾いていました。
その結果、当然のごとくピアノの腕は未熟のまま、9歳ごろにはピアノのレッスン的には最悪の時期で、先生から「辞めたら?」といわれる始末。
でも何を思ったか私は泣きながら「辞めません」と告げました。今でも色濃く覚えている、ピアノ的に暗黒時代の自分史です・・・・。
先生の前で泣くって、9歳の私でもけっこう恥ずかしかったんですが、ピアノ自体は嫌いじゃないのに、なんで辞めないといけないのか、単純に混乱してワケ分からなかったんです。
そして先生を変えました。
だから、”ピアノのレッスン”といえば当然のごとくみんなが口にする練習曲、バイエルとかツェルニーとかハノンなんか、まともに練習しませんでした。よく怒られたもんです。(^。^;
しかし小さい頃から、かなり気が長~~い性格だったのか、逆ギレなんて一度もしないで、厚かましくもレッスンに通い続けてました。
そのおかげ?か否か、先生の方が先に折れてくれて(ゴメンネ先生)なんやかんやで、嫌いな練習曲はレッスンで取り上げなくしてくれたのです。
私をピアノ技術的に救ってくれたのは、クラシックの王道、古典のバッハとヘンデル先生の曲でした。
ハノン嫌い、ツェルニ嫌い、バイエルなんてやったことない、ソナチネも嫌い、そんな私は、なぜかバッハとかヘンデルとかはやる気になったのです。
とくに、ピアノ技術的に私を、「練習のとりこ」にした曲は、バッハのインベンション1番、という曲でした。
右手も左手も同時にメロディー弾く、ってのに新鮮味を覚えたのです。
私の周りのピアノ弾きたちは、みんなバッハが嫌いだったみたいで、むしろツェルニーが好きだったみたいでしたが、私はバッハの方が断然好きな子供でした。
それが、のちに、大好きなドビュッシーの曲を与えられるようになるきっかけとなり、いわゆる遊びじゃなく、”ピアノの練習の王道”を歩み始めたのは、13歳になってから。
古典のバッハの曲で、本当の練習に目覚めたのは11才頃。すると、4歳から遊びでやって、7~9年後にやっと普通の王道を歩み始めたのです。
ピアノ始めてても3~5年くらいはウダウダしてたことになります。
それもそのはず。そのころはもっぱら、Popsやアニメやゲームの曲にばかり関心があったんです。子供だから当たり前っちゃー当たり前か。
11歳の転機、13歳で目覚めるまで、ピアノなんて、単なる生活の中でのちょっと苦痛を伴った習慣にすぎませんでした。
不思議と辞めようとは思っていなかったのは、今思うと、一晩寝れば嫌なことはたいてい忘れてしまう、おめでたい性格だったからかもしれません。
それと、黙って月謝を払ってくれた両親のおかげとしかいい様がありません。
13歳からの練習の中心は、ほとんどがドビュッシーの曲でした。当時のクラシック的な練習としては、
・音階と和声~スケールとアルペジオ、カデンツ(和声進行)
・バッハ(古典)
・ドビュッシー&ラヴェル(近現代音楽)
この3点セットがメインメニューでした。
中学生時代、合唱祭などではいつも伴奏者で、歌謡曲の楽譜をgetしてなんとなく遊びで弾いたりはしていましたが、クラシックピアノの面白さに一番ハマっていたのはこの時期。
高校生時代も相変わらずドビュッシー、バッハ、さらに進んでラヴェルの曲を弾いてましたが、17歳の手前くらいに先生が出産するため一時先生を変えなければならず、それがきっかけにもなり、17歳で長い長いレッスン通い生活が終わりました。
10代最後、ピアノの発表会で、人前で弾いた曲は、モーリス・ラヴェルの「水の戯れ」。今の自分でも難しくて、よくもまぁ当時練習したもんだ、と思います。
17歳からしばらくはピアノから遠ざかってしまいました。高校生時代はブラスバンド部で、トランペットを吹いていたのです。高校時代は映画音楽が大好きで、一度はバンド内で吹いてみたかったんですね~。
そしてなんやかんや言って時間が経ち、すっかり大人になってしまったあと、ちょっとした出会いがあり、偶然にもピアノサークルに参加したりしてまたピアノ生活を始めたのです。
そして愕然!手が動かない~。昔弾けてた曲が弾けない~。
中学生ころの自分に逆戻り。
そして偶然の出会いもあり、とある個人の先生へ、不定期にレッスンを申し込むことにしたのです。ピアノを再び、王道的に習おうと決心したのです。
遊びで弾くことはいくらでもできます。
でも、最近になって、やっっっっっっっと、クラシックピアノの最高峰!?ピアノ界のチョモランマ的存在の、「ショパンのエチュード」が弾きたい!と思えるようになりました。
とはいえ、最初は、「私には無理」と思ってました。
でもいま付いている先生から「完成させようとしなくてもいいから、弾いてみれば~?」と軽~く言われて、弾くことにしたら、意外に、これが、イケたのです。
下手ですよ・・・・でも、イケる!という手ごたえを感じました。
難しいですよ・・・・でも、弾きたい!という情熱がやっと生まれました。
何事も、技術を向上させようとしたら、それなりにやらないと無理なのですね。明らかに、エチュードをやるようになってから、素人の自分でも
「なんか技術が上がったきがする。前は弾きにくかったものが、弾きやすくなったような気がする」
という確かな感触を得ました。これがさらに、「エチュード弾く気になった」気持ちに拍車をかけることになりました。一種のスポーツマンシップにも似て。
現在は、ドビュッシーのエチュード1番(5本の指のための練習曲)と並行して、ショパンのエチュード(特に「蝶々」って曲)を何曲かチョイスして弾いていますが、こうなると、エチュード三昧の生活ですね。
昔のエチュード大嫌いな自分からは想像もできないありさまです。
自分だけの勝手な判断で「無理」と避けていると、出来ることだってできずじまいなんですね。
また自分以外の人から、「やってみればいいじゃん!」と軽~く言われると、けっこうその気になっちゃう自分の軽さ(笑)もあっての、今のエチュード生活なのかもしれません。
どんな世界でも、小さなことでも、とりあえずやってみたら、意外にイケる!
っつーことですな。それがここ数年の最近の私の場合は、
登山 と ショパンとドビュッシーのエチュード
でございます。ですから、このブログの名前も略して”山p”です。さぁ、今日もガンガン弾いてやるぜ!!
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